4. 肩関節周囲の腱炎・腱鞘炎・滑液包炎
スポーツや労働などによる肩関節の反復動作により、腱や腱鞘などに炎症が起こることがあります。これらは、その反復動作により腱や腱鞘などの組織が過剰に摩耗されることにより発症します。
肩関節挫傷、あるいは上腕部挫傷などとされる程度の比較的軽症の場合は、数日の冷湿布と安静で治ってしまいますが、顕著な炎症を起すほどの損傷を受けると、その損傷部位により特徴的な症状が現れます。このような肩関節周囲に起こる運動器の炎症には、腱板炎(回旋筋
腱板の炎症)、肩峰下滑液包炎、上腕二頭筋長頭腱腱鞘炎などがあります。
(1) 肩関節周囲の滑液包と腱鞘
肩関節周囲には、様々な筋肉や腱が存在します。これらの筋や腱の運動がスムーズに行えるように潤滑作用として働く組織に、滑液包(かつえきほう)や腱鞘(けんしょう)があります。
滑液包、腱鞘、関節包(かんせつほう)と呼ばれる組織は、その基本構造がほぼ同じです。組織の外層は
線維膜と呼ばれる比較的密で丈夫な線維組織で構成されています。一方、内層は比較的粗い線維組織に血管や神経が分布し、内表面が滑膜細胞で形成される上皮性組織で覆われています。この滑膜
細胞からは、ヒアルロン酸などの潤滑液が分泌され、滑動性を高めています。
肩関節は関節包と呼ばれる線維層と滑膜層の二層構造の組織で覆われています。関節包は関節運動の潤滑性を高め、関節軟骨などの関節内組織の代謝活動に関与します。この肩関節の関節包は、上腕骨の大結節と小結節の間の溝である結節間溝(けっせつかんこう)に介在する上腕二頭筋腱滑液包と連結しています。この上腕二頭筋腱滑液包は上腕二頭筋腱の滑動性を高める腱鞘として機能します。従って、文献によっては上腕二頭筋腱の腱鞘と表記されている場合もあります。
烏口突起の下方には、肩甲下滑液包(けんこうかかつえきほう:解剖学書では肩甲下筋の腱下包と記載されていることが多い)が有り、関節包と連結して連絡孔
(Weitbrecht孔)を有します。この滑液包は肩甲下筋と肩甲骨の摩擦を軽減する潤滑作用の他に、関節包内の内圧を調節する作用があると言われています。肩関節周囲炎(いわゆる五十肩など)を生じた時に、この連絡孔が狭窄したり塞がって関節内圧の調節ができなくな
ると、疼痛を生じる原因になるとされています。
これら関節包や関節包と連結する滑液包の上には、肩甲下筋、棘上筋、棘下筋、小円筋からなる回旋筋腱板が構成されています。この回旋筋腱板の上層に
も滑液包が存在し、インナーマッスルである回旋筋腱板と、アウターマッスルである三角筋や大胸筋、僧帽筋などとの摩擦を軽減しています。
棘上筋の上方には肩峰下滑液包(けんぽうかかつえきほう)が有り、棘上筋を肩峰や烏口肩峰靱帯との摩擦から保護する作用があります。
上腕の外側には三角筋と回旋筋腱板との摩擦を防ぐ、三角筋下滑液包(さんかくきんかかつえきほう)が有ります。
肩関節の前方から烏口突起の下部には、肩甲下筋と三角筋前部や大胸筋との摩擦を防ぐ烏口下滑液包(うこうかかつえきほう)が有ります。
これら三つの滑液包は、人によって形状が様々であることが分かっています。肩峰下滑液包、三角筋下滑液包、烏口下滑液包がそれぞれ分離して存在するものや、全て結合して一つになっている
もの、あるいは肩峰下滑液包と三角筋下滑液包が結合し、烏口下滑液包が独立しているものなど様々な形態が報告されています。また、ここで紹介した滑液包の他にも、肩関節周囲には幾つかの滑液包の存在が知られていますが、その存在位置や構成には個人差があるようです。
(2) 腱板炎と肩峰下滑液包炎
回旋筋腱板は、肩甲下筋、棘上筋、棘下筋、小円筋の腱が集合し、肩関節を上方から覆うように構成された板状の腱です。この腱板が、過剰な運動などの刺激により起こる炎症が腱板炎です。また、回旋筋腱板と、肩峰や烏口肩峰靱帯などのいわゆる烏口肩峰窮窿(うこうけんぽうきゅうりゅう:cora-coacromial arch)との間に介在する肩峰下滑液包に炎症を生じた場合を肩峰下滑液包炎といいます。
腱板炎や肩峰下滑液包炎では、過剰な運動や捻挫、打撲などに伴う外傷性の一過性炎症の他に、回旋筋腱板の変性や肩峰下滑液包の石灰沈着などの病的因子により発症するものが有ります。前者は肩関節挫傷や肩関節捻挫として処置され
ることがあり、後者は肩関節周囲炎、あるいは年齢によっては五十肩と診断されることがあります。
@ 症状
症状の軽いものでは肩峰下に鈍痛や違和感などを訴える程度ですが、徒手検査では上腕外転挙上時に80゚〜120゚の範囲で疼痛が出現し、その角度から外れると疼痛が消失する有痛弧(painful arc)が存在します。
圧痛は肩関節外側の肩峰直下に有り、外転挙上80゚以上でその圧痛点が消失し、再び挙上した上肢を下げると80゚以下で圧痛点が出現する特徴的な症状(Dawbarn's sing
:ダウバーンズサイン)を示します。Dawbarn's singが陰性で、圧痛が消失しない場合は三角筋の筋膜炎や筋挫傷を疑います。また、肩峰下滑液包と三角筋下滑液包が一体化している滑液包で炎症を起している場合は、やはりこのDawbarn's singが陰性となります。
炎症症状が強い場合は、同側の頚部や上肢に痛みが放散するものや、夜間痛、紐を結ぶなど腕を後ろに回す動作が疼痛のために制限されるようになります。
単純レントゲン検査では、異常を認めないものが多いのですが、炎症の程度が中程度以上のものや石灰沈着などを生じている場合は、明瞭な反応が認められます。
A 治療
肩関節の運動に制限が無く、疼痛が弱い比較的軽度の炎症では、冷湿布や消炎効果のある軟膏などの塗布で、約1週間〜10日の安静により軽快します。一方、痛みが強く、肩関節の運動に制限があるものでは、整形外科の診察を要し、消炎剤の投与などで10日〜2週間の経過観察となります。また、経過観察後に肩関節の可動域制限を示す場合は、電気や光線による物理療法と、運動療法が施行されます。
B 予後
一般的に予後は良好です。中高年以降で回旋筋腱板の変性を生じているものや、糖尿病、心臓疾患、膠原病など、新陳代謝や体循環に影響する疾患を罹患している場合には
、肩関節の拘縮を起こして慢性化するケースがあります。
(3) 上腕二頭筋長頭腱腱鞘炎(じょうわんにとうきんちょうとうけんけんしょうえん)
この障害は、
上腕二頭筋長頭腱滑液包で形成される腱鞘部分で、その腱鞘もしくは上腕二頭筋長頭腱が機械的刺激による炎症を生じたものです。
上腕二頭筋長頭腱は、
肩甲骨の関節上結節と関節唇に始まり、関節包の中を通り、関節包を出る部分から腱鞘に包まれて結節間溝を通ります。従って、肩関節運動に際し、肩関節内では上腕骨頭と回旋筋肩板の間に挟まれ
て絞扼性の障害や摩擦を受けやすく、さらに長頭腱が狭い結節間溝内を通る部分でも摩擦や絞扼性障害を受けやすい環境にあります。
この様な環境下にあるために、上腕二頭筋長頭腱やその腱鞘は、腕の上げ下ろしや上腕の捻り運動を繰り返す運動や労働を
過剰に行うことで腱炎や腱鞘炎を発症します。特に中年以降で、結節間溝部分の骨棘形成などの骨自体の変性変化による変形や、上腕二頭筋長頭腱の変性
を生じている場合は、若年者よりも少ない負荷で腱炎や腱鞘炎、あるいは上腕二頭筋長頭腱断裂などの腱損傷を生じやすくなります。
@ 原因
主に中高年以降において、バーベルを使った筋力トレーニングやボーリング、あるいは上腕二頭筋に負荷が掛かる動作を繰り返す労働中(土木作業や建築作業など)に症状が発生します。また、いわゆる五十肩や腱板断裂、肩関節脱臼、上腕骨近位端部骨折などの傷病後に続発して発症するものや、肩甲骨前方偏位など肩甲背部の姿勢不良を有する場合に、
肩甲骨と上腕骨の位置関係に不整が生じて長頭腱の経路が歪められると、これといった原因が無く発症することがあります。
A 症状
肩関節前面の疼痛と上腕外旋運動時の疼痛や不快感による関節可動域制限がみられ、前腕への放散痛を訴えることもあります。また疼痛は夜間に強くなることがあり、睡眠中に痛みで目が覚めるなどを訴える場合もあります。
触診では、肩関節前面(結節間溝部)の圧痛、長頭腱と筋腹移行部分をつまみ、左右に動かすと疼痛が増悪するなどの症状を触知します。また、
肩の運動は疼痛や不快感を増大させる要因になるために関節の可動性が著しく減退し、いわゆる五十肩のように肩関節が固まって動かせない状況に陥る場合があります。この様な状態に陥ってから診察を受けると、長頭腱の腱鞘炎といわゆる五十肩(凍結肩)との判別が難しくなってしまいます。
B 治療
炎症初期は、冷湿布やアイシングなどで消炎療法を施行します。整形外科でも消炎鎮痛剤の処方やステロイドと局所麻酔剤の混合液の注射などを施行して経過を観察します。また、炎症初期で運動痛が強い場合は、上腕内転内旋位にて三角巾による固定を
1週間から10日程度施行する場合もあります。
安静による経過観察期間を経た後に、徐々に運動療法などの理学療法を加えて、可動域の改善と筋萎縮の防止に務めます。
C 予後
大半は予後良好ですが、回旋筋腱板の拘縮(いわゆる五十肩など)の合併や心疾患、糖尿病、リウマチなどの、組織の代謝や循環器に影響を及ぼす疾患を有する場合などでは、長頭腱が結節間溝内で癒着し、腱の滑動ができなくなるため、運動制限が後遺症として残る場合があります。また、このような癒着状態のままでいると、やがて腱の変性が進み、腱断裂に至ることが多いので、改善の見込みが無い陳旧性の経過を辿る症例では、整形外科による手術を施行する場合もあります。
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