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肩や上腕は、身体の外側に位置していることから、転倒や接触などで打撲を生じやすい部位といえます。また、労働やスポーツで最も運動頻度の高い関節の一つです。過剰に負担をかけることで、筋肉や腱などの損傷や関節の炎症を招くことも多く、接骨院の来院患者の中でも比較的頻度の高い損傷です。
このページでは肩や上腕の打撲や挫傷の基本情報と、打撲や挫傷により起こる関節や筋肉、腱の障害も取り上げて解説します。尚、上腕下部については肘の打撲・挫傷のページに掲載します。
肩の打撲はスポーツや日常のアクシデントなど、様々な状況で見られます。転倒時に肩を地面に打ちつけたり、サッカー、バスケットボール、レスリングなど、コンタクトスポーツの衝突が原因で起こります。
肩の打撲部分の単純な皮下組織損傷であれば大きな問題になりませんが、肩関節の運動に係わる筋肉や腱、靱帯などの損傷、あるいは鎖骨の骨折や脱臼、肩甲骨や上腕骨上端部の骨折などに至るケースもあります。
※ 皮下組織(ひかそしき)
皮下組織とは皮膚の真皮よりも深層に位置する部分で主に疎線維性結合組織(そせんいせいけつごうそしき)からなります。皮下組織は真皮を支持する組織で血管や神経に富み、皮膚の代謝に関与します。また皮下組織は皮膚と共に、深層の筋肉や骨、内蔵などを外界から保護する役割があります。
皮下組織の多くは、脂肪組織が極めて発達し、脂肪層を形成しています。この脂肪層は衝撃を緩衝し、打撲などの外力から身体内部の組織を保護します。
※ 肩の打撲を原因として起こる外傷・関節症
肩に強い打撃を受けたり、転倒して肩を強く突いた場合に、肩の打撲により皮下組織の損傷を受ける他に以下の様な骨格器系の損傷を合併することがあります。
鎖骨骨折、肩鎖関節脱臼、肩鎖関節外傷後関節症、上腕骨骨頭骨折、上腕骨外科頚骨折、肩甲骨関節窩骨折、烏口突起骨折、関節唇損傷、肩関節脱臼、回旋筋腱板損傷、棘上筋断裂など。
 症状と鑑別診断
皮下組織の損傷に留まる単純打撲の場合は、打撲部分の圧痛、腫脹、皮下出血がみられます。打撲部分によっては、受傷直後に上肢のしびれや上腕の挙上障害を訴えることもありますが、当日の内に改善されます。
肩関節運動の障害が数日続く場合は、関節軟骨や周囲筋肉、靱帯、腱などの損傷を伴っていることが疑われます。特に高齢者では、関節の変形や筋・腱の変性などが存在し、若年層よりも組織の耐久性が脆弱なため、打撲をきっかけに筋・腱の断裂や骨折を生ずる症例が多く見られます。また、打撲後に上肢のしびれと頚部の痛みが伴う場合は、頚椎損傷の合併が疑われます。特に転倒した場合や強い衝突により打撲を受けた場合は、頚椎をむちうち様に損傷することがあるので注意が必要です。
鑑別を要するのは骨折、脱臼、あるいは筋・腱の断裂です。
鎖骨の外端で階段状変形を見る場合は、肩鎖関節脱臼や鎖骨骨折が疑われます。また外見上、上腕の延長や短縮が見られる場合は 、肩関節脱臼や上腕骨骨折が疑われます。何れにしても骨に限局した圧痛がある場合や、他動的にも自動的にも関節運動が障害されている場合は、骨折や脱臼が疑われるので、整形外科による画像検査を要します。
また、肩周囲の筋・腱断裂があると上腕の挙上動作が困難となり、特に他動的には肩関節運動が可能でも、自力運動が困難な場合では、筋・腱の断裂が疑われます。
 治療と予後
単純打撲であれば4〜5日の安静と冷湿布程度で充分です。運動も痛みが取れれば再開できます。打撲の衝撃で肩関節の関節軟骨や周囲靱帯、筋肉、腱などの微細な挫滅を伴う場合は、肩関節の運動が制限され、関節拘縮を起すことがあります。この場合は、受傷後2週間ぐらいの安静期間を経てから温熱療法や低周波などの電気治療、マッサージ等による皮下組織硬結部分の除去、他動的あるいは自動的関節運動訓練などを要します。また、糖尿病やリウマチ、その他循環器系の疾患がある場合は、単純打撲でも関節拘縮や打撲部周囲の筋萎縮を伴い、長期リハビリを要するケースがあります。これら疾患を有する場合は、できる限り早めに温熱療法と運動療法を施行する必要があります。
※ 関節拘縮(かんせつこうしゅく)
関節周囲を支持する靱帯、腱、筋肉などの軟部組織が癒着を起したり、萎縮や硬直などの収縮性変化を起し、関節可動域の減少や消失を生じた状態を関節拘縮といいます。肩関節では、回旋筋腱板(かいせんきんけんばん)の変性を起しやすくなる中年以降に、外傷や炎症をきっかけとして関節拘縮を生じる症例が多くなります。
上腕の打撲は、格闘技やサッカー、ラグビーなどのコンタクトスポーツで非常に多く起こる外傷の一つです。
上腕の打撲による傷病には、単純な皮下組織の打撲、三角筋挫傷、上腕筋挫傷、上腕二頭筋挫傷、上腕三頭筋挫傷、上腕二頭筋長頭腱断裂、上腕二頭筋筋腹断裂、上腕骨幹部骨折、上腕外側骨化性筋炎(blocker's exostosis)が上げられます。
1.上腕の単純打撲
上腕の打撲で最も多いのは、上腕外側の打撲です。転倒時の打撲はもちろん、格闘技やスポーツで相手選手とコンタクトするときは身体の側面を対象へ向けるため、上腕部分では必然的に外側面が外力を受けやすいといえます。
単純打撲では、皮下出血斑と打撲部分の圧痛が観察され、軽い運動痛を生じますが数日で速やかに改善されます。
重度の打撲では、上腕の筋肉が挫滅して力が入らなくなるので、上肢の挙上や肘の屈伸動作が制限されます。この様な重度損傷では回復までに6週以上を要することが多く、運動制限に対するリハビリテーションが必要になります。
尚、上腕外側に反復して打撃を受けたり、三角筋付着部付近で筋肉内出血を生ずると後述する上腕外側骨化性筋炎を発症することがあります。
2.上腕外側骨化性筋炎
(ブロッカーズエクソストーシス)
アメリカンフットボールやラグビーで身体の側面から相手に体当たりをするなどの動作を繰り返すなど、上腕外側へ頻繁に打撃を受けることで起こる障害です。投げ技の練習で繰り返し上腕外側を打ち着けることがある柔道などの格闘技でも見られます。
上腕外側の中央部は筋肉の層が薄く、反復する打撃や打撲で骨に近い部分の挫滅を生じます。骨に近い筋肉や骨膜組織内に出血を起したときに、その血腫内に骨膜から発生する骨芽細胞(こつがさいぼう:骨を作る細胞)が侵入すると、筋肉や腱の中、あるいは上腕骨と筋・腱の間の線維組織内で骨様組織を形成することがあります。
筋肉内に骨様組織を形成した場合を骨化性筋炎(こつかせいきんえん)、上腕骨の表面に骨様組織を形成した場合を外骨腫(がいこつしゅ)といいます。ブロッカーズエクソストーシス(blocker's exostosis)という名称はアメリカンフットボールのブロッカーに多く見られたために着けられたもので、直訳するとブロッカーの外骨腫という意味です。
 症状
上腕外側の三角筋付着部、上腕二頭筋長頭外側などに圧痛、硬結、腫脹などを認めます。また、上腕二頭筋長頭内に骨化性筋炎を生ずると、肘関節の屈伸動作時に疼痛を誘発し、病状が進行していると可動域制限が起こります。
橈骨神経損傷の合併が見られる症例も有り、前腕から手関節の橈側の放散痛、手背(手の甲)から母指の背側に至る知覚鈍麻などの症状が現れます。また、神経損傷の程度によっては手関節や手指の伸展運動能力が低下して下垂手(手首から先がお辞儀をしたように曲がり、自力で手首を起すことができなくなる)が起こることもあります。
 治療
上腕外側に打撃を受けた直後に腫脹、疼痛、皮下出血が見られたら、この障害に発展することを疑い、患部の安静保持が重要です。また、受傷後2〜3日はアイシングや冷湿布を施行してください。
2〜3日経過しても肘関節の屈伸時、あるいは肩関節の運動時に患部の疼痛が誘発される場合は、整形外科などの専門家の診察を受けてください。
受傷から4〜5日経過したら温熱療法、上腕のストレッチ、消炎鎮痛剤の処方などで経過を観察します。
強い疼痛や運動障害が続く場合は、整形外科で骨様組織の除去手術が施行されます。
肩や上腕の筋肉や腱の挫傷で多く見られるのは、回旋筋腱板損傷と上腕二頭筋腱断裂です。
挫傷として発生するこれらの傷病は、主に特定の姿勢で行う反復動作による急性損傷です。また、発症に際し、その要因の一つに構造的特殊性が係わるため、各傷病ごとに構造の概要を加えながら解説します。
1.回旋筋腱板損傷
(かいせんきんけんばんそんしょう)
回旋筋腱板(rotator cuff)とは肩関節の運動に関与するインナーマッスルで、前方の肩甲下筋(けんこうかきん)、上方の棘上筋(きょくじょうきん)、後方の棘下筋(きょくかきん)、後下方の小円筋(しょうえんきん)の腱が集結し、肩関節を覆うように構成する腱組織のことをいいます。
回旋筋腱板を構成する各筋肉は、肩関節運動の際に上腕骨頭を肩甲骨関節窩にしっかり引き寄せて固定し、上腕があらゆる角度でぶれることなく運動能力を発揮できるように、関節運動の支点・支持筋として機能しています。従って、この腱板が損傷し機能が衰えると、
肩関節の支持力が低下するために、アウターマッスルが如何に強力でも上肢を動かす力が充分に発揮できなくなり、挙上や回旋などの運動が困難となります。
 原因
打撲などの外傷を起因とした腱板断裂や、肩関節の挙上や回旋運動を繰り返す労働やスポーツを起因とした、腱板の挫滅もしくは断裂がほとんどを占めています。また根底に、年齢的な退行性変化や、代謝障害を来す疾患(糖尿病、リウマチ、心疾患など)を原因とした、回旋筋腱板の変性の存在が大きな影響を及ぼします。この様な変性や代謝障害があると筋肉や腱の強度・耐久性が脆弱で、外力を受けると簡単に損傷しやすい傾向があります。
尚、スポーツでボールを投げるなどの動作により損傷を起こすケースでは、上腕を振り上げるときに棘上筋が肩峰と肩関節の間の狭い部分で繰り返し擦られることで炎症を起すものと、野球の投球などのフォロースルーに至る腕の振り下ろし動作で、棘下筋に強いストレスが反復されて損傷を起こすものがあります。このスポーツ障害については、スポーツ障害の項目で掲載します。
 病態
回旋筋腱板損傷は、肩甲骨の肩峰直下の腱板付着部(上腕骨大結節)に比較的近い部分で起こります。その損傷状態は、いわゆる捻挫や挫傷と診断される軽い損傷から、回旋筋腱板の不全断裂、あるいは腱板を構成する一部の筋肉の完全断裂(主に棘上筋断裂)まで様々な状態があります。
Lindbloomの分類では、「T型:不全断裂」、「U型:棘上筋新鮮断裂」、「V型:2つ以上の回旋筋に生じた腱板断裂」、「W型:T〜V型の陳旧性」の4つの型に分けられています。また、腱板の変性の存在や、隣接する肩峰下滑液包の炎症を伴う場合も多く見られます。特に完全断裂を起す症例では、かなりの確率で腱板の変性が相当進んでいる状態であるといわれています。
 症状
肩関節運動時の疼痛(特に上腕挙上運動が困難)、肩関節前面(大結節部)と側面(肩峰下部)の三角筋部分に圧痛を触知などの症状が見られます。また、腱板の断裂があると数週間の経過により損傷した回旋筋の萎縮が現れます。その他、断裂した腱が筋肉の起始方向に引きこまれることで上腕骨の骨頭が上方へ偏位し、肩甲骨肩峰との間隔が極端に狭くなる様子がX線検査などで観察されることもあります。
整形外科では、キシロカインテストや造影剤を使用したX線検査、MRIなどで診断を確定します。
※ キシロカインテスト
腱板断裂の有無の判定に、0.5%に希釈された局所麻酔薬のキシロカインを使用して行う検査をキシロカインテストといいます。このテストは、上腕の挙上障害が痛みによるものか、断裂によるものかを鑑別するために行われるもので、キシロカインにより痛覚を麻痺させた上で、患側の上腕を挙上させ、挙上できれば腱板の断裂の疑いはほとんど無く、逆にできなければ断裂の可能性が極めて高いことが判断できます。このキシロカインテストで腱板断裂の可能性が陽性と出れば、MRIなどによる精査が行われます。
 治療
一般的に完全断裂でなければ保存療法(手術をしない治療方法)で経過を観察します。
捻挫や挫傷など比較的軽い損傷では、受傷直後の1週程度を安静とし、その後徐々に理学療法を開始します。理学療法は、光線療法や電気療法、運動療法などを施行します。運動療法では、中高年以降で回旋筋腱板の変性が進んでいる可能性が高い場合、過剰な運動により変性腱板の断裂を起すこともあるので、経過を見ながら慎重に行われます。
回旋筋腱板の部分断裂が考えられる症例では、上肢の重量で断裂部分の拡大を防ぐために三角巾や副子などを使用した固定を施行することもあります。副子固定をする必要があるほどの損傷では、上腕を屈曲(前方挙上)120゚、尚且つ水平内転60゚(真横に腕を伸ばした状態から前方へ60゚水平方向に向けた位置)の姿勢(簡単に説明すると真正面に腕を120゚挙上し、その位置から腕を30゚外側へ向けた位置)にして固定します。この肢位をゼロポジションといいます。実際に固定するときは腕全体をゼロポジション方向に伸ばしたままでは無く、肘を約90゚曲げた状態にします。その肢位で副子やギプスにより固定することになります。
完全断裂の場合は手術適応になります。ただし、棘上筋のみの完全断裂では、手術をせずに保存療法で経過を観察する場合もあります。
2.上腕二頭筋損傷(じょうわんにとうきんそんしょう)
上腕二頭筋は、筋頭(※1)が長頭と短頭の二頭に分かれた筋肉で、上腕の前面に位置し、いわゆる「ちからこぶ」と呼ばれる部分です。この上腕二頭筋や二頭筋の腱が外傷や反復動作などにより損傷を起こすことがあります。特に中年以降の肉体労働者や高齢者に多く見られる特徴があります。
損傷を起こすのは、上腕二頭筋の長頭腱がほとんどで、筋腹(きんぷく:筋肉本体部分)の肉離れが起こることもありますが発生確率は極めて低いようです。尚、短頭に起こることはほとんどありません(高齢者の変性腱の断裂の報告はあるようですが、極めて稀な例といえます)。また、前腕に付着する上腕二頭筋の遠位腱(肘側に付着する腱)の損傷は肘の挫傷や捻挫のページに掲載します。
上腕二頭筋長頭腱は、肩甲骨の関節上結節と関節唇 (かんせつしん:※2)に始まり、肩関節の関節包内で滑膜に覆われて、上腕骨の小結節と大結節の間の結節間溝を通って筋肉本体に接続しています。 従って、肩関節のあらゆる運動の影響を受ける部位に位置し、損傷を受けやすい環境にあるといえます。
※1 筋頭
筋肉の基本構造を表現するときに、筋肉の近位端(または中枢端)側を筋頭(きんとう)、筋肉の中央本体を筋腹(きんぷく)、筋肉の遠位端(または末梢端)側を筋尾(きんび)と云います。筋頭が二つに分かれているものを二頭筋(にとうきん)、三つに分かれているものを三頭筋(さんとうきん)といいます。その他にも筋肉の形状により様々な分類がされています。
※2 関節唇
関節の基本構造は、骨の末端が凸の形状の関節頭(かんせつとう)と、もう一方の骨の末端が凹の形状の関節窩(かんせつか)により構成されています。肩関節では、関節頭を形成する上腕骨頭に比べて、それを受ける肩甲骨の関節窩が浅く小さい構造をしており、それを補うように関節窩の辺縁に線維軟骨による覆いが形成されています。それを関節唇(かんせつしん)といいます。
 原因
急性外傷性損傷では、腕相撲やバーベル運動、ボーリングなど、上腕二頭筋に瞬間的に強力な力が加わる動作により生じます。また、手や肘を突いて転倒し、肩関節脱臼や上腕骨中枢端部骨折、あるいは上腕骨外科頚骨折などを生じた際に、合併症として起こるものもあります。しかし、最も頻度の高いケースは、中年以降の肉体労働者に発症するもので、上腕二頭筋の筋腹が発達したタイプ に起こることが多いのも特徴です。これは、長期間にわたる上腕二頭筋の過剰な負担により、上腕二頭筋の腱が変性して耐久性が脆弱化し、さらに長頭腱の通る結節間溝の狭窄や骨棘形成 (※3)など構造的な変化が生じることで、発生頻度が高くなると考えられています。また、回旋筋腱板損傷や、いわゆる五十肩(肩関節周囲炎)などにより、肩関節を支える機能が低下し、上腕二頭筋長頭腱への物理的負担が大きくなった場合でも、この長頭腱が徐々に摩耗して変性を生じ、やがて断裂するケースも見られます。
※3 骨棘形成
関節や関節近傍の骨端部分、筋肉や腱、靱帯が付着する骨隆起や粗面部分、あるいは腱が通る骨の溝などの陥凹部分などで起こる骨の増殖変形現象の一つ。大きさや形状は様々ですが、骨の異常な隆起により、炎症や痛みを生じる他に、接触する腱や靱帯の部分損傷や変性、断裂などを起すこともあります。
原因は、腱や靱帯による牽引刺激、あるいは摩擦刺激による長頭腱と骨の接触面の炎症、打撲や挫傷などの外傷による骨膜や骨表面の微細な損傷に対する骨増殖 (骨棘)などが上げられます。また関節部分では、関節運動の円滑性を高めるためにある関節軟骨や半月板軟骨などの摩耗や変性萎縮により、骨の関節端に過剰な刺激が加わるようになり、あるいは今までに無かった骨端同士の接触などが生じるようになったことで骨増殖が起こることもあります。
 症状
上腕二頭筋の長頭腱の損傷では、結節間溝や筋腹中枢端の筋腱移行部に圧痛を触知し、筋腹の断裂では、筋腹本体に圧痛を触知します。
疼痛は、断裂発生時に著しい疼痛を生じますが、完全断裂では次第に疼痛は軽減します。しかし、不全断裂では、運動時、安静時ともに疼痛が長期化する場合が多いようです。これは、完全断裂だと結節間溝内を滑動する腱が消失するわけですが、不全断裂の場合は、損傷した腱が結節間溝内の滑膜などを刺激し続けるためといわれています。
外観では、負傷初期の皮下出血と腫脹が著明に出現しますが、やがて腫脹や皮下出血斑が消退すると筋腹の萎縮や変形が観察されます。尚、変性による腱断裂では、皮下出血が観察されない場合が多いようです。
筋腹の変形は、肘関節を屈曲(特に前腕回外位で屈曲)すると、上腕二頭筋の長頭側の筋腹(いわゆる力こぶ)が末梢へ寄って欠けたような形状となります。
その他に、急性外傷では、肘関節屈曲力の低下、上肢の挙上障害が見られますが、一方で陳旧性のものでは日常生活動作に支障が無いこともあります。
 治療
高齢者では、上腕二頭筋長頭腱の変性が原因の一因子として存在し、断裂後2〜3週で疼痛が減弱し、筋力も数ヶ月を経て徐々に回復する場合が多いので、三角巾や副子などによる固定を施行して保存療法とします。 尚、手術療法は以下のケースに該当する場合に施行されます。
● 長頭腱の半断裂などの不全断裂で、強い痛みが何時までも続くもの。
● 筋腹の断裂で、断裂の程度が重篤で保存療法の効果が期待できないもの。
● 回旋筋腱板断裂を伴うもの。
● 若年者で上腕二頭筋長頭腱断裂を生じたもの。
 後療と予後
保存療法を選択した場合、固定除去後より自動運動を開始し、徐々に抵抗運動や可動域回復訓練を施行します。
保存療法では筋肉の変形が残りますが、数ヶ月を経て次第に回復し、日常生活動作には支障がない状態になります。
手術療法を選択した場合は、手術部位の炎症が治まるまで1週〜10日ぐらいの固定を施行する場合があります。
手術後は自動運動をできるだけ早期に開始します。その自動運動による回復の度合いを見ながら、徐々に抵抗運動や可動域回復訓練も開始します。スポーツや労働への復帰は、種目や労働内容などによって3ヶ月〜10ヶ月程度の期間を要します。
尚、糖尿病、膠原病、心臓疾患など、身体の代謝に関わる疾患を有している場合は、リハビリの長期化、肘や肩の関節拘縮や筋肉の萎縮、硬直などの後遺症を残すことがあります。
スポーツや労働などによる肩関節の反復動作により、腱や腱鞘などに炎症が起こることがあります。これらは、その反復動作により腱や腱鞘などの組織が過剰に摩耗されることにより発症します。
比較的軽症の場合は、数日の冷湿布と安静で治ってしまいますが、重症では肩関節の可動域制限や著しい疼痛など、その損傷部位により特徴的な症状が現れます。
このような肩関節周囲に起こる運動器の炎症には、腱板炎(回旋筋腱板の炎症)、肩峰下滑液包炎、上腕二頭筋長頭腱腱鞘炎などがあります。
1.肩関節周囲の滑液包と腱鞘
肩関節周囲には様々な筋肉や腱が存在します。これらの筋肉や腱の運動がスムーズに行えるように潤滑作用として働く組織に、滑液包(かつえきほう)や腱鞘(けんしょう)があります。
滑液包、腱鞘、関節包(かんせつほう)と呼ばれる組織は、その基本構造がほぼ同じです。組織の外層は線維膜と呼ばれる比較的密で丈夫な線維組織で構成されています。一方、内層は比較的粗い線維組織に血管や神経が分布し、内表面が滑膜細胞で形成される上皮性組織で覆われています。この滑膜細胞からはヒアルロン酸などの潤滑液が分泌され、組織の滑動性を高めています。
肩関節は関節包と呼ばれる線維層と滑膜層の二層構造の組織で覆われています。関節包は関節運動の潤滑性を高め、関節軟骨などの関節内組織の代謝活動に関与します。この肩関節の関節包は、上腕骨の大結節と小結節の間の溝である結節間溝(けっせつかんこう)に介在する上腕二頭筋腱滑液包と連結しています。この上腕二頭筋腱滑液包は上腕二頭筋腱の滑動性を高める腱鞘として機能します。従って、文献によっては上腕二頭筋腱の腱鞘と表記されている場合もあります。
烏口突起の下方には、肩甲下滑液包(けんこうかかつえきほう:解剖学書では肩甲下筋の腱下包と記載されていることが多い)が有り、関節包と連結して連絡孔(Weitbrecht孔)を有します。この滑液包は肩甲下筋と肩甲骨の摩擦を軽減する潤滑作用の他に、関節包内の内圧を調節する作用があると言われています。肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)を生じた時に、この連絡孔が狭窄したり塞がって関節内圧の調節ができなくな
ると、疼痛を生じる原因になるとされています。
これら関節包や関節包と連結する滑液包の上には、肩甲下筋、棘上筋、棘下筋、小円筋からなる回旋筋腱板が構成されています。この回旋筋腱板の上層にも滑液包が存在し、インナーマッスルである回旋筋腱板と、アウターマッスルである三角筋や大胸筋、僧帽筋などとの摩擦を軽減しています。
棘上筋の上方には肩峰下滑液包(けんぽうかかつえきほう)が有り、棘上筋を肩峰や烏口肩峰靱帯との摩擦から保護する作用があります。
上腕の外側には三角筋と回旋筋腱板との摩擦を防ぐ、三角筋下滑液包(さんかくきんかかつえきほう)が有ります。
肩関節の前方から烏口突起の下部には、肩甲下筋と三角筋前部や大胸筋との摩擦を防ぐ烏口下滑液包(うこうかかつえきほう)が有ります。
これら三つの滑液包は人によって形状が様々であることが分かっています。例えば、肩峰下滑液包、三角筋下滑液包、烏口下滑液包がそれぞれ分離して存在するものや、全て結合して一つになっているもの、あるいは肩峰下滑液包と三角筋下滑液包が結合し、烏口下滑液包が独立しているものなど様々な形態が報告されています。また、ここで紹介した滑液包の他にも、肩関節周囲には幾つかの滑液包の存在が知られていますが、その存在位置や構成には個人差があるようです。
2.腱板炎と肩峰下滑液包炎
回旋筋腱板は、肩甲下筋、棘上筋、棘下筋、小円筋の腱が集合し、肩関節を上方から覆うように構成された板状の腱です。この腱板が、過剰な運動などの刺激により起こる炎症が腱板炎です。また、回旋筋腱板と、肩峰や烏口肩峰靱帯などのいわゆる烏口肩峰窮窿(うこうけんぽうきゅうりゅう:cora-coacromial arch)との間に介在する肩峰下滑液包に炎症を生じた場合を肩峰下滑液包炎といいます。
腱板炎や肩峰下滑液包炎では、過剰な運動や捻挫、打撲などに伴う外傷性の一過性炎症の他に、回旋筋腱板の変性や肩峰下滑液包の石灰沈着などの病的因子により発症するものが有ります。前者は肩関節挫傷や肩関節捻挫として処置され
ることがあり、後者は肩関節周囲炎、あるいは年齢によっては五十肩と診断されることがあります。
 症状
症状の軽いものでは肩峰下に鈍痛や違和感などを訴える程度ですが、徒手検査では上腕外転挙上時に80゚〜120゚の範囲で疼痛が出現し、その角度から外れると疼痛が消失する有痛弧(painful arc)が存在します。
圧痛は肩関節外側の肩峰直下に有り、外転挙上80゚以上でその圧痛点が消失し、再び挙上した上肢を下げると80゚以下で圧痛点が出現する特徴的な症状(Dawbarn's sing:ダウバーンズサイン)を示します。Dawbarn's singが陰性で、圧痛が消失しない場合は三角筋の筋膜炎や筋挫傷を疑います。また、肩峰下滑液包と三角筋下滑液包が一体化している滑液包で炎症を起している場合は、やはりこのDawbarn's signが陰性となります。
炎症症状が強い場合は、同側の頚部や上肢に痛みが放散するものや、夜間痛、紐を結ぶなど腕を後ろに回す動作が疼痛のために制限されるようになります。
単純レントゲン検査では、異常を認めないものが多いのですが、炎症の程度が中程度以上のものや石灰沈着などを生じている場合は、明瞭な反応が認められます。
 治療
肩関節の運動に制限が無く、疼痛が弱い比較的軽度の炎症では、冷湿布や消炎効果のある軟膏などの塗布で、約1週間〜10日の安静により軽快します。一方、痛みが強く、肩関節の運動に制限があるものでは、整形外科の診察を要し、消炎剤の投与などで10日〜2週間の経過観察となります。また、経過観察後に肩関節の可動域制限を示す場合は、電気や光線による物理療法と運動療法が施行されます。
 予後
一般的に予後は良好です。中高年以降で回旋筋腱板の変性を生じているものや、糖尿病、心臓疾患、膠原病など、新陳代謝や体循環に影響する疾患を罹患している場合には 、肩関節の拘縮を起こして慢性化するケースがあります。
3.上腕二頭筋長頭腱腱鞘炎
(じょうわんにとうきんちょうとうけんけんしょうえん)
この障害は、上腕二頭筋長頭腱滑液包で形成される腱鞘部分で、その腱鞘もしくは上腕二頭筋長頭腱が機械的刺激による炎症を生じたものです。
上腕二頭筋長頭腱は肩甲骨の関節上結節と関節唇に始まり、関節包の中を通り、関節包を出る部分から結節間滑液鞘と呼ばれる腱鞘(けんしょう)に包まれて結節間溝を通ります。従って、肩関節運動に際し、肩関節内では上腕骨頭と回旋筋肩板の間に挟まれて絞扼性の障害や摩擦を受けやすく、さらに長頭腱が狭い結節間溝内を通る部分でも摩擦や絞扼性障害を受けやすい環境にあります。
この様な環境下にあるために上腕二頭筋長頭腱やその腱鞘は、腕の上げ下ろしや上腕の捻り運動を繰り返す運動や労働を過剰に行うことで腱炎や腱鞘炎を発症します。特に中年以降で、結節間溝部分の骨棘形成などの骨自体の変性変化による変形や、上腕二頭筋長頭腱の変性を生じている場合は、若年者よりも少ない負荷で腱炎や腱鞘炎、あるいは上腕二頭筋長頭腱断裂などの腱損傷を生じやすくなります。
 原因
主に中高年以降において、バーベルを使った筋力トレーニングやボーリング、あるいは上腕二頭筋に負荷が掛かる動作を繰り返す労働中(土木作業や建築作業など)に症状が発生します。また、いわゆる五十肩や腱板断裂、肩関節脱臼、上腕骨近位端部骨折などの傷病後に続発して発症するものや、肩甲骨前方偏位など肩甲背部の姿勢不良を有する場合に、肩甲骨と上腕骨の位置関係に不整が生じて長頭腱の経路が歪められると、長頭腱の摩耗や挫滅が起こり炎症を発症することがあります。
 症状
肩関節前面の疼痛と上腕外旋運動時の疼痛や不快感による関節可動域制限がみられ、前腕への放散痛を訴えることもあります。また疼痛は夜間に強くなることがあり、睡眠中に痛みで目が覚めるなどを訴える場合もあります。
触診では、肩関節前面(結節間溝部)の圧痛、長頭腱と筋腹移行部分をつまみ、左右に動かすと疼痛が増悪するなどの症状を触知します。また、肩の運動は疼痛や不快感を増大させる要因になるために関節の可動性が著しく減退し、いわゆる五十肩のように肩関節が固まって動かせない状況に陥る場合があります。この様な状態に陥ってから診察を受けると、長頭腱の腱鞘炎といわゆる五十肩(凍結肩)との判別が難しくなってしまいます。
 治療
炎症初期は、冷湿布やアイシングなどで消炎療法を施行します。整形外科でも消炎鎮痛剤の処方やステロイドと局所麻酔剤の混合液の注射などを施行して経過を観察します。また、炎症初期で運動痛が強い場合は、上腕内転内旋位にて三角巾による固定を 1週間から10日程度施行する場合もあります。
安静による経過観察期間を経た後に、徐々に運動療法などの理学療法を加えて、可動域の改善と筋萎縮の防止に務めます。
 予後
大半は予後良好ですが、回旋筋腱板の拘縮(いわゆる五十肩など)の合併や心疾患、糖尿病、リウマチなどの、組織の代謝や循環器に影響を及ぼす疾患を有する場合などでは、長頭腱が結節間溝内で癒着し、腱の滑動ができなくなるため、運動制限が後遺症として残る場合があります。また、このような癒着状態のままでいると、やがて腱の変性が進み、腱断裂に至ることが多いので、改善の見込みが無い陳旧性の経過を辿る症例では、整形外科による手術を施行する場合もあります。
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